ハイブリット・ワールド
| 急に体がうらがえったような気がしてぼくはたちすくんだ。 あたりは人通りがたえない。 人は少なくはない。 むしろ多い。 目がまわる。 スクランブル交差点の真ん中にいるよ。 突然デジャヴが襲う。 きみとぼくの思考はずれている。 心臓がどきどきする。 きみならここでぼくのことを指差してあなたは精神病院行きよと高らかに笑ったろうに。 きみはいない。 なぜってぼくが殺したから。 きみの死体がぼくの足にかぶさっていて動けない。 歩けない。 どこにも行けない。 どうしてこんなにさみしいんだろう。 殺したのはぼくなのに。 車が通ってゆく。 人をはねとばしながら暴走してゆく。 なのに人だかりは逃げようともしない。 うんざりする。 ぼくは吐く。 胃液を吐く。 チラチラとしたネオンが眼球の奥のほうであばれまわっている。 かなしい。 酒を飲んだときのように頭がまわらない。 脳みそがとけていると思う。 ぐらぐらした。 もうだめだ。 誰もいない。 こんなに人がいるのに。 地球からマグマがふきだしてみんな死んでしまえばいい。 きみのように死んでしまえばいい。 そしてぼくも内臓をむきだしにして死んでしまうんだ。 ぼくは大きくふるえながらあたりを見まわした。 スクランブル交差点の真ん中にいるよ。 いつかの音楽が耳についてはなれない。 つきあげる嗚咽が平常心をかきまわす。 うそだようそなんだこの世界は。 ただのはりぼてで、ただのはりぼてで、夜も朝もただのはりぼて。 泣くぼくをきみは抱きしめようともしなかった。 思いやってるなんていいながら横面をはるんだ。 ははは。わかっているさ。ぼくがどれだけエゴイストかは。 だからこうしておきざりにされたんだ。 だいきらいだ。 こわいよ。 人の渦がぼくをとりかこみなんだか洗濯機みたいだ。 こわいよ。 涙が滝みたいにあふれでている。 地面にしみをつくる。 きみにしみをつくる。 ああ。誰もかれも殺してしまいたい。この手で。この腕で。 なにがなんだかわからない。 真っ赤な色をしたものが脈打っているのを感じる。 ドクンドクンドクンドクン。 「死にたくはないか? 死にたくはないか? 死にたくはないか? きみたちは」 歩道橋から誰かが飛び降りてつぶれた。 はねとばされた人々は魚の目をしている。 猫が交尾をしていて犬が人の髪の毛を食べている。 カラスは生ごみをつつきまわし星ひとつない夜空には巨大な鯉が泳ぐ。 ぼくは笑う。ぼくは笑った。 ははは。 はははは。 みんなはぼくを見た。はじめてぼくを見た。 その目は死ぬ前から魚の目だった。 ざまあ見ろ。てめーらみんなはりぼてだ。 ぼくは笑いながら携帯電話をまっぷたつに折ってしまって鋭利な切断面を魚の目にむけた。 魚の目は血をふきながら豚のような悲鳴をあげた。 ドクンドクンドクンドクン。 視界に存在する色がいりまじってゆく。 ぼくは近くにいる大半の人をはりとばし切りつけずたずたに裂いた。 人は人の原型を失い肉の塊になった。 愉快だった。 うれしかった。 このまま夜空を泳ぐ鯉にのってどこにでもいってやる。 あいかわらず車は暴走し人をはねた。 遠くで電車が脱線する音がきこえた。 ちぎれとんで地面にはりついたねとつく誰かの皮膚をふみつけぼくは進んだ。 泣きながら笑った。 この世界の裏側を壊してやる。 壊してやる。 壊してやる壊してやる壊してやる。 みんなを狂わせて精神病院の患者にさせてやる。 月に爆弾をしかけてやる。 どろどろとしたものが空を赤く染めて、太陽は恐れをなして膨張してはじけた。 永遠の闇がおとずれぼくは殺戮をつづける。 ただれたようなビルの光が消えていった。 スクランブル交差点は人だったものの中身に汚されてべとべとだった。 ぼくは笑えなくなっていて、 ぼくは笑えなくなっていた、 こんなに愉快でうれしいのに、 涙だけがひたすらあふれた、 月がでればいいのに、 太陽がはじけなければいいのに、 なぜ何一つのこらず消えていくんだ? 涙だけがひたすらあふれた、涙だけがひたすらあふれた、 破壊をはじめたのはぼくだったのに、さみしくてかなしくてしかたがない。 きみの死体はどこかにいってしまった。 暴走する車にはねとばされたのかもしれない。 犬に食われてしまったのかもしれない。 内臓がうずきはじめた、 どこかに行きたい、 どこかに行きたい、どこかに行きたい、行きたいよ。 ここじゃないどこかに行きたい、 ここじゃないどこかに行って、 携帯という凶器をもったぼくごと消してしまいたい。 着信履歴のようにあとかたもなく。 「死にたくはないか?」 黒い夜と怒りだけが残ってあとはぜんぶ消えた。 ぼくはくやしくて泣いた。 しゃくりあげるたびに肩が痙攣して苦しかった。 ここで天使がおりてきて白い羽をふらせてくれればよかったのに。 「エゴイストだ」 どうしようもなくなってそうつぶやいたらその声はぼくのものじゃなくなっていた。 ぼくこそがはりぼてだったのだ。 ぼくはぼくの手首めがけて携帯電話をふりおろした、 けれどその手を誰かがとめた、 もがいたけれどものすごい力でつかまれているようで、 「死にたくはないか?」 死にたいです。 死にたいよ、死にたいよ、誰もいないんだ、なにもホンモノじゃない。 泣き叫ぶぼくを抱きしめた、 誰かがやさしく抱きしめていた、 息がうまくできなくて、ぼくはずっと泣きつづけたんだ。 戻る |