無題21



悲しまないでと彼は言った。
ぼくにはなんのことだかちっともわからなかった。

夜がきてもきみには会っていたくなかったので、ぼくは静かに逃げた。
いつものこと。



言葉がちっともかけなくなり、だだをこね、すねた。
本当はわかっていた。
どうにもならないこともあるんだと。
ぼくの子ども時代は終わったのだと。

今日は電車にのって、どこか遠い街に行き、写真でもとろうかなんて思っていた。
雪は溶けたことだし。
あの、色をすいつくす、いまいましい雪は溶けたことだし。
時刻表はどこにいったかな。
一人つぶやいてここで悟るんだけど、行動するとき、ぼくの隣に誰かがいたことがあったのだろうか?
本当の意味で。
いや、いや。これはどうもおかしい・・・・・。
ぼくはなにか思い違いをしているのにちがいないよ。
ね、そうだろう?



きみが捨てられたのならば、ぼくは拾うだろう。
けれど拾ってから、ぼくは、きみに暴力をふるうだろう。
そうしてきみを動けなくしたあと、もっともっとひどい方法で、きみを捨てるだろう。



苦しまないでと彼は言った。
ぼくにはなんのことだかちっとも・・・・。
礼をいいそびれたことも。
しらないふりをする。
彼はいつも優しい。
ぼくのようなものにも、同情や哀れみや、手をさしのべてくれたりする。



たくさんうそをついた。
幻想の宝庫だったぼくの言葉はいつしか、懺悔でうまり、茶色く濁った。
それにつられて目も濁りだした。
頭も濁りだした。
手や足なんかうまく動かなかった。
ときどき裂けそうな悲しみに沈んでしまうことがあるのだけど、寝ればなおってしまうということを知っていたので、ぼくは口を閉じた。
一ミリも動かないように心がけた。
八つ当たりってものが、どんなに人をいらだたせるのかは、よく知っているつもりでいた。

貝のように口を閉ざすうち、きみがよってきて、こう言った。
きみが、誰かにこころを開いたところを、いちども見たことがない
カッとした。気づかされた。
きみの頬をはりたいと思った。
こういうとき、こういうときだ。ばかばかしい衝動がつきまとうのは。
くちびるをかみしめた。
ぼくは何を気取っていたのだろう。
そこで、やりかたがわからなくなる。



おろかしい創造をつづけていました
ほら。また懺悔がしみでてくる
汚れた布から汁が滴るように
ぼくのつくりだすものはすべてぼくにむけられたもので、そこから、ぼくがどんなにエゴイストなのかが、ありありとわかってしまうのです
やさしくなりたい
彼のように




誰かが言った。きみじゃない誰かが言った。
あなたはなにもしらない
じゃあ! と、やっぱりぼくはカッとして、叫んでいた。
星のきれいな空がぼくの背中を押したんだ。
じゃあ! 今までのみこんできはこれらはなに?
そこら中にちりばめられた知識はうそ?

彼はそういうぼくをあやした。言葉で。
ぼくがきらいになっていたはずの言葉だって、彼にかかればたちまちやわらかいものにかわってしまうのだった。
・・・・・。

ぼくは満たされているのだろうか?
孤独なのだろうか?
いや、孤独を「知って」いるのだろうか。いたのだろうか。
あなたはなにもしらない
それが本当なのだとしたら、ぼくがかかえこむおおきなこれらはいったいなんなんだ?
混乱した。
ぼくはなにもしらない?
すべてを否定されたような、それと同時にたくさんのことを諭されたような。
そんな気がしてた。



彼はいつも人のことを考えている。
きみはいつも・・・・。
なにを考えているのかわからない。
きみの物言いはときどき、とっぴょうしのないところにふっとぶ。
なによりも不安定なきみ。

きみは捨てられているのだろうか?
なにに? 
誰に?
きみは約束しようとする赤ん坊のように無垢なものなのです。
傷つけたくなる。
ぼくは、ぼくにとっての彼のように、きみをあやしたりはできないだろう。
ぼくの感情がすべてぼくにむかっているということもふくめ。



つたない手つきでつづったこれらが、もっとも成長したと思われる誰かによって、この世のものではないと判断されたなら、
ぼくはこれから先にひろがる未来に、恐れを抱くのでしょう。
洗脳され、足をとめられ、いいと判断された道を選ばされ、
それは、ぼくに選択の余地はない、と告げられるより明らかに。
ぼくの考えの足りなさをものがたっている。
きみのように、その誰かにすなおに反発したりということは、ぼくにはできない。
怖気づいてしまうからだ。
それが、未来に感じるのと同じく、ひどく恐ろしいからだ。
ぼくはこの先なにになるのだろうと。
ぼくが歩く道の土は、なにでできていたのだろうと、ぼくの着ている服はそんなにこっけいなのだろうかと。
恐ろしいからだ。
鮮明な態度こそが、なによりも、なによりも、ぼくを反映している。

彼はまるで、そういう恐れとは無縁のように見える。
彼はぼくにむかって弱音をはかない。
彼は何を恐れているのだろうか?
弱音をはくということを恐れているのだろうか?
だとしたら、その恐れはなんて潔いものなのだろう。



彼が落ちそうなのならば、ぼくは彼を上にひきあげ、ぼくがかわりに落ちるだろう。
きみが落ちそうなのならば、ぼくは細いきみの手をとり、一緒に落ちてやるだろう。
ぼくが落ちそうなのならば、彼やきみは、なにをするだろう。



きみとかかわると、ぼくは非情なんじゃないだろうかと思う。
きみがそばにいるだけでこんなにも冷たくなれるんだ。
夜がきても朝がきても、きみには会っていたくなかったので、ぼくは静かに逃げた。
きみは感じているのかな。
それを。
ぼくの背中を。
走り去る音を・・・・・。



ぼくはこれから変わりえるのだろうか?
何に?
誰に?
変わりたいと願う。狂うように。
誰に。
誰に。

ぼくの内面をとりかえてください
ぼくではなくしてやってください
ぼくが、もっとも成長したと思われる誰かに あのような教えを説かせないためにも
ぼくを消し去ってやってください
輪廻からをも。
なにもかも・・・・




かたりたいのは、ぼくの絶望じゃなく、
そんな言葉なら自ら、破りさってしまってもよくて、
桜に、きみにしたように背をむけたいのではなく、
空に、彼にしたように甘えたいのではなく。
青春のもどかしさというお面をかぶって、にこにこ笑いあったり、
そんなことをしているのならば、
今すぐ線路に飛び込んで、潰されてしまってもよく。

混乱する。
行き詰っている。
手をのばす。
崖の上には誰がいて、ぼくにどんな結果をもたらそうとしているのだろう。
捨てられたきみは毎日、なにを思って、ぼくに話しかけてくるのだろう。
彼の真一文字にむすばれたくちびるは、なにを欲しているのだろう。
なにを? なにに?
誰に? 誰を・・・・。



ぼくの目は濁っている。
うすいまぶたに隠されたきみの目。
決心とひだにさえぎられた彼の目。



ぼくを消し去ってやってください
輪廻からをも。なにもかも・・・・




手をのばす。
抱きとめられることを願った。
ぼくが感じると思い込むのならば、孤独は存在するのでしょうか・・・・。

崖の上の誰かの顔が、逆光にさえぎられ黒く滲む。




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