さみしさはアボカドのかたち



きみは怒り狂ってぼくにマグロの刺身を投げつけた。
大ヒット。
ああ! もう! 何、この、あの・・・斬新な柔らかさ!
言葉に言い表せないよ!

マグロの刺身はいやあーな粘液をぼくの顔の皮膚に残しつつ、めろめろーっと下に落ちてった。
べちゃっ。
「夕飯に食べようと思ってたのに・・・」
ぼくがそう呟いた途端に右ストレートがばっちり決まって鼻血ブーだよ。勘弁して。
参りました! 土下座の姿勢で声にならぬ悲鳴を上げる。
きみは勝ち誇った笑みで、裸足のままマグロの刺身をふんづけた。
べちゃっ。
足の指の間にめりこんだマグロの生肉。
なんか・・・吐き気がするよ。



トイレに駆け込んでげえげえ吐きつつ、一緒に食おうと思ってたアボカドはどうしようと思う。
(胃液の臭いがしてる中で食べ物のことを考えるなんて、ぼくもまったく卑しい。)

ピーマンとレタスがあったっけ。
そやつらを容赦なくサクリサクリきざんでやって、相方を失ったアボカドを仲間入りさせたげよう。
最後にチーズドレッシングをかけて、食べよう。



荒っぽい足音が背中のほうを通り抜けてった。扉が閉まる。
きみは帰った。
仲直り、まだなのに、なー。



まあいいかと口をぬぐい洗面所で軽くうがいをして、さて、とぼくは腕まくりをする。
マグロの葬式をはじめなくちゃね!(そうだ、顔洗ってない。)
はりきってリビングに戻ると、マグロくんはいなくなっていた。

・・・・。
えー。

きみはこんな時だけ優しい。
きみの優しさって恋人が食べようとしていたマグロが落ちちゃったときに発揮されるのね。
あんな気持ち悪いもの片づける気があるんなら、どうして吐いてるぼくの背中をさすってくれなかったんだ。
それでごめんねって言い合わなかったんだ。
許してくれないと思ってたのかな。
いや、きみはぼくのこの軟弱なたちをしっているはずだから・・・、他に何かたくらんでいるんだろう。
あ、こわくなってきた。
考えるのやめよう。



やる気をなくしたぼくは冷蔵庫を開ける。
むっとする臭いとの挨拶を終えた後に、冷気が火照った体をなぜてくれた。
薄明かりの中に顔をつっこんで、ころんと転がってるアボカドを見つめた。

ハロー。
きみってシックな肌の色してんねえ。トレンディーだ。

ぼくはひとりぽっちのアボカドを、冷やっこい場所から出してやった。
そんでもって頬ずりしてやった。

アボカドの皮はすっかり凍えて氷みたいで、ぼくは何だかさみしくなったよ。
だから今のところウンともスンとも言いそうにない受話器をとって、きみに電話しようと思ったよ。
土下座でもなんでもしてやらあ。気が済むまで泣きついてやる。




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