階段



「なあ、イトナイ」
「なに、カイム」

二人は黙々と階段をのぼっている。
もうだいぶ高いところまできたようで、まわりは空の青だった。
そうでないところに雲がただよっている。
いつか見たわたあめのようにただよっている。

「この階段、どこまでつづくんだい」
「わからないよ。死んであの世にいっちまってからも、ぼくらにはわかりっこないことだ」
「そうだよなあ」
「そうさ」

二人はしばらく押し黙った。

「なあ、イトナイ」
「なに、カイム」
「おれたち今までどれぐらい歩いたんだ」
「きみがとうてい知らないことをぼくが知っているわけないだろう」
「そうだよなあ」
「そうさ」



彼らは斜面をのぼりつづけないと死んでしまうという変わった種族だった。
なぜ斜面をのぼりつづけないと死んでしまうかは、まだ解明されていない。
なにしろ一生のぼりつづけているわけだから、とても高いところにある彼らの死体は誰かの目にふれる前にすべて風化してしまうのだった。
研究材料がないので研究ができない。
世界の科学者たちは彼らの死体を捜索するために無謀な旅にでたが、たいていはあきらめて引き返してきた。
そうでないものはどこかでのたれ死にして骨になった。



「なあ、イトナイ」
「なに、カイム」
「おれたち今年で何年生きたことになるんだ」
イトナイがいちにいさんと指をおって、
「今年で十七」
「まだ十七か」
「そうさ」

「もう何百年もこうしているような気がするよ」
「そうだね。まあしようがないことさ」
「そうだな。来年も今と同じように昼は明るくて夜は暗いんだろうな」
「そうだね」



二人は黙々と階段をのぼっている。
話す声がとぎれると裸足の足がかたい石をふみしめるひたひたという音が耳をくすぐった。
空気は冷たく森の中のようなにおいがした。

カイムが肩まですべりおりてきた睡魔を片手でひねりつぶし口にはこび肉をさきじゅうぶんにこまかくしてから飲み込んだ。
彼らは眠れないかわりに自らの睡魔を具現化することができる瞳をもっていた。
具現化したそれを食べると眠気が失せ力がわいてきた。
睡魔を食べたカイムはのぼるペースをすこしだけあげた。



「なあ、イトナイ」
「なに、カイム」
「また死体があるよ」
「かわいそうに」

イトナイは言ったがそう思っているようにはみえなかった。
死体は彼らよりちいさく腐臭をはなっていた。
二人は横を通り過ぎた。

「睡魔ってまずいね」
「そうだね」
「できれば食べたくなんかないんだけど」
「にがいしね」
「そう、にがいしね」
「でも食べないと死んでしまうよ」

イトナイは言ったあといっぺんに五匹の睡魔を口にふくむ。
そのために会話がしばらくとぎれた。

「なあ、イトナイ」
「なに、カイム」
「おれたちここで止まったら死ぬのかなあ」
「死ぬだろうね。死んで腐れて鳥のえさになるだろうね。
そして静かに風化していくんだ。さっきの死体のようにね」



二人は黙々と階段をのぼっている。

「なあ、イトナイ」
「なに、カイム。今日はよくしゃべるね」

「うん。どうしておれはこんなことをしているんだろう」
「決まってるじゃないか。生きるためにさ」



それからひどい雨がふり、何年も日照りがつづき、ちいさな村が戦でつぶされ、かぞえきれないほどの人が死んで、生まれた。

「なあ、イトナイ」
「なに、カイム」
「この階段、どこまでつづくんだい」
「わからないよ。死んであの世にいっちまってからも、ぼくらにはわかりっこないことだ」

「そうだよなあ」
「そうさ・・・・」




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