それはそれでよし



きみが死んだってしらせをうけて、あわててかけつけた。
お葬式なんてはじめてだったから、喪服をきるのを忘れてた。
はじめてだったとしてもこういう失敗はありえないんだろうけど。

あわてていたせいだ。
だされたお茶をひじでつっついて倒したり、
泣いてるおばさんの足をふんだりしてるのも、
ぜんぶ、あわてていたせいなんだ。

きみの死に顔をみたかったけど、あまりに、まわりがむせび泣いているのでやめた。
今ここでそういうことを言い出したら、なんか。
近所の人から苦情がでそう。
あの家、娘さんがなくなった上に、猛獣にせめられたの、って。

重苦しい雰囲気に、いがいと、かるい気持ちのぼくがいるのはなんとなくいやで、むにゃむにゃと言い訳をつぶやいて、ぎこちなく靴をはいて、外にでた。



ぼくはこんなふうに、お別れをしたいんじゃなかった。
左腕の腕時計を見るように、さらっと、さり気なく。
こう。
いかにもそうですよねって、そうですよね、きみは死んだんだ、それをぼくは知っているよ、って。
そんなふうに。
べつに涙をながして悲しんでほしくなんかないよね、きみはさ。
そういう人だもんね、なんて。
勝手に決めつけちゃったりしてね。

空をみるとうっすらうろこ雲で、秋もおわるのにねえ。

曖昧な季節に、曖昧な態度で、曖昧なまま消えていった、いや、昇っていった(空に)きみのことを考えている。
ほら、ぼく、考えているよ。
きみがいなくなっちゃったあとでも、考えている。
あの人たちは、その事実をのりこえるとかいって、きみのこと忘れてくんだよ。
ひどいじゃん。
でもぼくはいつでも考えてるよ。
まるできみが今でもそこにいるかのように。



さらさらと心地よい風がふいてくる。
うすよごれた私服で、ずぼらっとたたずんで空をみているぼくを、お葬式帰りのおばさんたちが、はんけちで涙をふきふき、白い目でにらんでは、とおりすぎてゆく。
笑みをかえしたらしらんぷりされた。
やれやれ。



きみの家にいくと、泣いて泣いて泣き疲れた感じのおばさんが、とびらを閉めるところだった。
「ああ、待ってください」
あやういところで呼び止めると、おばさんはあらあらと顔をあげた。
「まあ。ひさしぶりねえ、わざわざきてくれたの?」
「あの、さっきもいたんです」
「あら。そうだったかしらね」
ぼくはへなへなと笑った。
おばさんはくしゃくしゃの紙みたいな顔で笑い返してくれたあと、人差し指で鼻をふいた。
「ええ。そうだったんです。あの、あの・・・・・」
「わかっているわ。死に顔を見にきてくれたのよね」
おばさんはぼくをどうぞと、玄関へ招きいれてくれる。

まねかれた人々が去った家のにおいをかぐと、急になつかしさと、そして、あせりがおしよせてきた。
おばさんが見ているのもかまわず、靴をぬぎすてて、廊下をはしりぬけた。
きみが眠っている部屋は、線香のにおいがした。
ぼくはさっきまでふるえていなかった手を棺おけにそっとそわせて、きみの名前をよんでみた。

左腕の腕時計を見るように、さらっと、さり気なく。

そうだよな。そうなんだよ。
くちびるをねじまげて言った。「さようなら」。
涙がぽろぽろでてきて、びっくりした。
ぶたが鳴いてるときみたいな音をたてて喉がなって、かっこわるいって思った。
ぼくの背中をおばさんが見ているのがわかった。

「なさけないですね。ぼく」
「そうね、とっても」
ははは。おばさんも、言ってくれるじゃないか。ひっく。
「ぶたみたいだわ。あなた」
しゃっくりと笑いがいっしょになってでてきて、なぜかはしらないけど、ますます泣けた。
「こんなんじゃなく、もっと、ふつうに笑って言いたかった」
「なにを言ってるのよ、今さら。もうおそいわ。よりによってあの子の目の前で泣くなんて」
「ははは」
でもいいのよ、とおばさんは、つぶやくように言った。
「それはそれでよし、ですよね」
「そうよ。それなの。ほら、言ってあげなさい。そのへんてこな顔で。死んでもきれいな顔でしょ、この子」



おばさんの、まるくて、やわらかそうな手が、ゆっくりとふたを開けた。
そこにきみがいる。きみのほっぺにぼくの涙がはらはらと落ちてゆく。



「みて、あんた。この人なんてへんな顔なんでしょうね」
「ははは。やめてくださいよ」
ぼくは親指を冷たいほっぺにおしあてて、おちた涙をぬぐった。



「それはそれでよし、なんだから、許してくれよな」
空の上で、鈴のように、きみが笑う。




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