少女



荒れ果てた野原に一人の少女が立っていた。

白い鎧のようなものでまもられたしなやかな足は茶色く乾燥した草をふみつけた。
にび色の長い髪が強風にあおられくしゃくしゃにみだれた。
肩のたかさにあげられた細い腕に一羽の蝶がはらりととまっていた。
その蝶が羽をかたむけるたびに濃い紫色のりんぷんがあでやかにひかった。



「サイザさま」

蝶の声に少女は顔をあげた。
その動作にむだはなくまるで若い猫のようだった。

「だいじょうぶだよ。ぼくは平気だ」
「お顔がまっさおです。すこしだけ休みましょう」
「もうじゅうぶん休んだよ」

蝶は少女の手をはなれあたりをとびまわった。
甲が血にぬれていてひどくすべったからだった。

「ぼくはいつまでこんなことを続けなければならないの。こんな鎧をきるのはもういやだ」
「これからずっとです。サイザさま。落ちついてください」
「これをやめられる方法はないのか」

少女は少女らしからぬ真っ赤に燃え立った目を蝶にむけた。
空気が湿気をふくみ重く肌にまとわりつく。
蝶は射るような視線にひるみ飛ぶのをやめた。
目の前の肩にまいおりる。

「サイザさま」
「なんだい」
「なぜそんなに悩んでいるのですか」

少女はゆっくりとむきだしの地面に腰をおろした。

「ぼくはうんざりしたんだ。
人の苦しむ顔をみたってちっともおもしろくない。
このばかみたいになんにもない野原のむこうにはのん気に笑ってるやつらがいるかもしれないのに、そこにいくことがゆるされてないなんて不公平だ。
ぼくが手に負えない化けものだと言うようにみんなしておそいかかってきやがる。ぼくは誰も殺したくなんかないのに」

「しかたがないことなのです」
「ぼくがなにをしたっていうの。なぜあの町からおいだされなくてはならなかったの」
「サイザさまはご自身が秘める力についてあまりに無知です。
自分が凶器だということを知らない凶器こそ危険すぎる。
あなたがそうだった。あなたは無知で、それだから危険すぎたのです」

少女はうちひしがれ下唇をかんだままうつむいた。
蝶は再びまいあがり少女の耳もとをとんだ。

「牙だってこの腕だって、ぼくの体はすべてが武器になる。
幼いころぼくはそれを知らなかった。
きみが言うようにあまりに無知だった。
凶器としてのすべてを持っていたかわりに人としてのものが足りなすぎたんだ」

「そうです。
あなたは開いた穴をおぎなえるほどのものを持っていなかった。
それだけのことです」

少女は蝶をとらえ羽をなでた。
指先が染まった。

「ここに暮らしていた人々はぼくを見たらいっせいにおそってきた。
しようがないからすべてを破壊した。
そうするより他はなかったんだ。
そうしなければぼくという存在が失われてしまう」

錆びたような臭いが鼻をついた。
舌で手のひらの血をなめとる。
少女は手首にまいていたひもをほどきそれで髪を一つにまとめた。

「いつかぼくもふつうの女の子のように笑えるんだろうか」

蝶は黙っていた。
少女は目をふせ首をふった。
長いまつ毛が頬に影をおとした。
それからしばらくしてりんと前方をにらみ、迷いのない口調で言い放った。

「さあ、行こうか」
「はい」

少女は立ち上がると自然に全身の筋肉が緊張した。
蝶が手をはなれた。
少女はまぶたをおろし、闇のむこうににじむ残像を凝視した。



「神さま、ごめんなさい。
ぼくは生きます。
そのために殺します。」



ゆっくりと目を開けた。
つぼみが開花するときのようだった。

「サイザさま。次はどこに行かれるのですか」
「さあね。わからないよ。ほら、つかまって」

少女は地面をけった。
次の瞬間、少女はそこから消えていた。






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