タキシードねずみ



本をよもうとこたつに足をつっこんだところでぼくは首をかしげた。
だいぶ前からあたためるために電源をいれていたはずなのにどうしてこんなに冷えているんだろう。
ぼくは眉をよせながらこたつの中をのぞきこんだ。

すると穴があいていた。
おおきな穴だった。

「・・・・」
ぼくは考え込んでしまった。
いつからこんな穴が開いたんだろう。
電源はついているからかすかに電子音がきこえてくる。
うぃーん。
ぼくは穴のなかに頭をつっこんでみた。
首筋に鳥肌がたった。
冷蔵庫みたいだ。とても冷たい。

暗闇に目がなれるのを待った。
何度もまばたきをしてようやくはれた視界に最初にとびこんできたものは、タキシードをびしっと着こなしその上男爵ひげをはやしたねずみだった。
ねずみはふんぞりかえって、持っていたステッキでぼくの鼻をつついて言った。

「そこの坊ちゃん」
ダンディーな声だった。

「はい。なんでしょう、男爵」
ぼくはおびえてしまった。
冷えてとげとげしい空気とダンディーな声色がタキシードねずみ男爵に威厳をあたえていた。
ねずみはさらに三度ぼくの鼻をつついて言った。

「坊ちゃん。わたしをこの穴からだしてくれないか」
「どうしてですか? なぜ、あなたは突然、ぼくのかわいいこたつの真下に穴をあけたりしたんですか」
「坊ちゃん。それとこれとは関係のないことだ。とにかくわたしをここから出してくれ」

ははあ、とぼくはあごをなでた。
このタキシードねずみは何かたくらんでいるに違いない。
例えばこたつの上においてあるちーかま一袋を盗むとか。

「男爵。ちーかまがほしいんですか」
ぼくはねずみの目を見て言ったがねずみは見るまもなくあわてだした。
せきをして落ちつこうとしているようだったが泳ぐ瞳はかくせなかった。

「こほん。坊ちゃん。わたしとあろうものがちーかまなんぞに心うばわれたりするはずが、こほん、ないだろう」
「ふうん。じゃあちーかまはいらないんですね」
「あ、や、ちょ、まっ! ちくしょう、わたしをなめくさりやがって!
これでも喰らえ!」

ぼくがこたつから出ようとすると紳士な言葉遣いが一変した。
すごい形相のねずみがステッキをふりかぶったとたんにそこから銀色の光がほとばしった。
ぼくは目の前が一瞬真っ赤になりすべてが膨張しはじけるのを感じた。
そして気を失った。



目覚めると汗みどろだった。
こたつの中はいつもどおり熱につつまれていてぼくはそのなかに頭をつっこんでいたのだった。
穴はふさがっていて机の上をみるとちーかまがすべてなくなっていた。
せっかく酒のつまみにしようと思って楽しみにしてたのに、とぼくはうなだれた。

その夜のビールはまずかった。
ぼくは家中のねずみとり機をはずした。




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