暇売り姉さん



ピンポーン。
チャイムがなった。

台所でお茶を入れていたぼくはあわてて玄関にむかいロックをはずし扉をあけた。
そこには胸に資料のようなものをかかえたすてきな営業スマイルのお姉さんが立っていた。

「こんにちは。暇、いりませんか?」

「・・・・。暇ですか?」
「ええ。暇、いりませんか?」
ぼくはすこし黙った。
このお姉さんが何を言いたいのか考えるためだった。
ぼくは沈黙のすえに言った。

「あのー。暇ってあれですよね。なにもすることなーいとか言いながらごろごろするやつですよね」
「ええ。そうです。いりませんか?」
「・・・・」

ぼくはほんとうに黙ってしまった。
頭の中身をできるかぎり整理するために寝ぼけた脳をたたき起こす必要があった。
ぼくは二度目の沈黙のすえに言った。
「あなたはいったい何者ですか?」
われながらへんてこな質問だと思ったがきかれなれているのかお姉さんはにこやかに答えた。

「わたしは暇売りです」
「・・・・。ひまうり」
「暇売りです。世の中のいそがしい人々に暇を売る仕事です。アルバイト募集中ですけれどご興味は」
「・・・・。けっこうです」
「そうですか。ところで暇、いりませんか?」
「いりません」

お姉さんはとても残念そうに言った。

「なぜですか。値段もお手ごろですよ」
「ぼくは今じゅうぶんに暇をしているからです」
「あら。そうでしたか。それならいらないのは当たり前ですね。おじゃましました」

お姉さんはきびすをかえし立ち去ろうとしたが、
「あの。ちょっと待ってください」
ぼくに呼び止められ髪をなびかせながらふりむいた。

「はい」
「暇、売れますか」

お姉さんはにっこり笑った。
「ええ。おかげでわたしは億万長者です。
世の中すさんでいますね。わたし自身暇がほしいくらいです」

「・・・・。そうですか。お仕事お疲れさまです」
「いいえ。ありがとうございます。それじゃあ」
お姉さんは軽くえしゃくをし隣の家へと入っていった。



「すみません。暇、いりませんか?」





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