地獄家族
ようすけははぁはぁしていた。 日当たりの悪い部屋のすみっこ設置されたPCの前ですわりこみ、オナニーをしているところだ。 はぁはぁはぁはぁはぁはぁ。 とびらがカリカリいっている。 飼い猫のななたが入りたがっているのだ。 ようすけは無視した。 外ではぴぃちく鳥がないている。 部屋にはそこらじゅうに本がちらばっている。PCの画面にうつっているのと同じものがかかれている。 かなりうすきみわるくかかれた妖怪。 ようすけはそれを見てはぁはぁしているのである。 ようすけのしゅみを家族はしらない。 なぜならようすけはひきこもりだからだ。 ななたでさえここ数年、ようすけの部屋に入ったことがない。 ようすけは口先でぶつぶつ何かつぶやいていたが、射精すると静かになった。 しばらくじっとしてからティッシュを放り投げる。 ゴミ箱には山のようなティッシュ。 妹のちかがくれたたばこに火をつける。 ぷはぁ。 あふれかえったティッシュと妖怪とたばこのヤニでこの部屋はできている。 * 母のゆめこはご飯をつくっていた。 ようすけのためのご飯だ。 手元をみないで死んだようにねぎを切っている。 とんとん・・・とんとん・・・。 全部切ってしまった。 しかしゆめこはそれを捨ててしまって、別のねぎを冷蔵庫からとりだし、 それをまた切り始めた。 とんとん・・・とんとん・・・。 ごそごそ。上からようすけが動く音がきこえる。 今日も生きているようだ。 ようすけはゆめこが持っていくご飯をあまり食べない。 戸の外においておくのだが美味しくないのか食べないのだ。 ゆめこはのこされたご飯を見るたび、 いつかようすけが餓死してしまうのではないかと不安になった。 階段をのぼってご飯がのっているおぼんをおく。 「ねえ、ようすけ」 久しぶりにかけられる母の声に、ようすけが耳をすます気配がする。 「ごはんちゃんと食べてね。 何度もつくりなおしたからおいしいはずよ。 あなたがおいしくないって残すからわたし何度もつくりなおしてるの。 最近食費がばかになんないのよ」 台所のくず入れには炊き立てのご飯、高級なステーキ、 おいしくやきあがった牛肉、 きれいな色のやさいいためが手をつけられずに捨てられていた。 ようすけは黙っていたが、 扉から手がにゅっと出てきておぼんをとってひっこんだ。 ゆめこはため息をついた。 やれやれ、まるで妖怪みたいだわ。 * ちかは放課後の教室で先生と二人で話をしていた。 面談ではない。愛をかたらっているのである。 先生はシャープなめがねをかけていてそれなりに若かった。 先生はちかの手入れされた髪をなでていった。 「おれたちずっとこんなこと続けていちゃいけないよ。立場が立場なんだからちかが危険だ」 ちかは盲目になった目で先生を見つめながら切なく言った。 「いいの・・・わたし先生とならどうなってもいい」 「ちか・・・」 先生はムラムラしてきたのでいつものように机の上にちかを押し倒した。 胸板に少女のうすいむねがおしつけられる。 ちかは手首をぎゅうとにぎりかえしてくる。 ふたりの吐息はたばこのにおいがする。 先生はしばらくセーラー服のリボンをもてあそんだ。やがて机がきしむひわいな音がしずかにきこえだす。 窓のそとでは満開の桜が舞っていた。 うぐいすがしらけたように鳴いた。 * 父のかずおは会社をさぼり、近所の小学校のへいに一人座っていた。 ぴゅうっ。 一筋の風でかつらが飛んだ。 しかしかずおは気にしたふうでもない。 「誰が信じてくれるだろうなあ・・・桜の木と話せるなんて・・・」 ガタンガタン・・・近くのふみきりに電車が通る。 「おそらく各駅。どうだい、当たったか?」 桜はざわざわ笑いながら言った。 「はずれ。あれは快速よ」 おだやかな春の風がチャイムの音をはこんできた。 下校らしい。 「そうか・・・」 「まだまだ甘いわね。 わたしのようにね、毎日ここに立っていると、音でわかるようになるのよ。今通った電車が何なのか」 「今のは上りか?」 「そうね。そしてオレンジ色をしているわ。夕日みたいにね」 子ども達がさわがしくでてきた。 かずおを指差し、あーっフシンシャだー、などと言っている。 かずおは気にせず風にふかれながら言った。 「なあ、お前と話していると妻といるよりなんだか・・・」 「あら・・・いけないわ。だってわたし、桜なのよ」 「そうだよなあ・・・そうなんだよなあ・・・」 一人の子どもがかずおのカツラをみつけ、歓声をあげた。彼らはそれを獲物のようにふりまわしながら走っていってしまった。 かずおはそれに気づいていないようだった。 桜の花びらがかつらのかわりに頭をおおっていた。 * 先生とのセックスを終えて帰宅したちかは、学生カバンにしのばせたカクテルの缶をとりだした。 プシュッ。こ気味いい音をたててタブを開ける。 ちかはまず先生とからめあった舌をだしてちろっと舐めた。 それから喉をならして飲んだ。 ちかは童顔でお酒を買いにいけないので、いつも先生から買ってきてもらっている。 味は決まってピーチ。 ちかはカクテルのなかで一番はずれがないと信じていた。 缶を置いてぴたりと壁に耳をつけた。 どんどん、強めにノックして呼びかける。 「おにい」 隣の部屋でごそごそとようすけが動く音がした。 「なんだ。帰ったのか」 ようすけのくぐもった声にちかは答えた。 「うん」 「今日も先生とやってきたのかよ」 「今日も一人ではぁはぁしてたの?」 「どうせその酒のんだらバイブでオナニーするんだろ」 「まあね。おにいはそれをオカズにはぁはぁすればいいじゃない」 「嫌だね。お前のあえぎ声とモーター音きいてると寒気がするんだよ。さっさと酔っ払って寝ちまえばいいのにさ」 「残念ながらあたしけっこう強いの」 「知ってるよ」 ちかはお酒を一口のんだ。それから言った。 「おにい、タバコいる?」 「いる」 「いつもみたいに手だして」 「おう」 ようすけの手が壁からにゅっと出てきた。 いつからこれが出来ていたのかは二人とも覚えていなかった。 とにかくようすけはこれができるのだった。 「なんで手だけなんだろね」 「しらね」 ちかはその手にタバコを一箱にぎらせた。 「なんかべとべとしてる」 「お前が飲んでるやつだよ」 「酒?」 「みるく。分かるだろ。一口くれ」 「やだよ汚い」 手はひっこんだ。 ちかは酒を一口のんだ。 ようすけはたばこに火をつけた。 二人は吐息をぷはぁと吐いた。 * 夜になった。 ようすけがいつものように妖怪ではぁはぁしていると、外の桜がぼうっと光った。 何かと思い目をこらすと、猫のななたが木にのぼってこちらを見ているのだった。 「なんだ、お前かよ」 ようすけはナニを握りなおし続きをはじめた。 ななたがにゃあと鳴いた。 プルルル・プルルル・プッ もしもし? 「先生?」 どうしたんだ、こんな時間に 「先生と話がしたかったの」 ああ・・・うん 「先生、眠い?」 いや・・・ 「眠かったら寝ていいよ」 そうか。じゃあ寝るよ。おやすみ ブツッ プー・プー・プー 「・・・・」 カリカリカリと音がした。 「ななた?」 ちかは扉をあけ、ななたを抱き上げる。 やわらかい体躯を胸に感じながらちかはつぶやいた。 「先生迷惑だろうね。 あたし子どもだから、こういう気持ちになったらどうしたらいいかわからない。 でもしてほしいことは分かってる」 耳のうしろをやさしく撫でてやる。 ななたは気持ちよさそうに喉をならした。 ---------------------------------------------- 朝になってご飯をとろうとようすけが扉をあけると、扉のすきまからやわらかいものがなだれこんできた。 服にめちゃめちゃとつく。 「な、なんだ・・・?」 それは料理だった。 料理の上におぼんが、そのまたうえにおぼんがと、そういうふうに料理の層ができているのだった。 それが扉をあけた拍子にたおれたのだ。 すん、と鼻をならす。 すごいにおいだった。 一瞬ようすけは狂ってる、と思ったが、気にしないことにした。 おぼんをかきあつめ、くずれるのもかまわず部屋にいれ、はいつくばってそれを食べた。 それから妖怪の本に汁がついてるのを見つけ、ふざけんじゃねえよと壁を蹴った。 @ ようすけの壁を蹴るだぁんと言う音で、ゆめこは手をとめた。 手元にはまぐろのたたきが山のようにつみあがっている。 まないたからあふれてぐちゃぐちゃだ。 かずおが仕入れてきた刺身を、昨夜からずっと切り続けていたのだった。 ゆめこは一瞬自分が何をしているのかわからなくなった。 なまぐさい臭いで吐き気もした。 何もかもどうでもよくなり、包丁をたたきの山の中に突き刺すと、ゆめこはばったりと倒れこんでしまった。 ななたがやってきた。 たたきはななたの最高の餌になった。 @ かずおは会社の近くにあるひっそりとした公園でおにぎりを食べていた。 「不思議だなあ、どこに行ってもお前と話せるなんて」 小学校のものよりいくぶん小さい桜はふふふと笑った。 「当たり前じゃない、桜は何をもってしても桜なのよ。 人間のほうが不思議だわ。個体があるだけ意識もあるなんて・・・」 「そうかねえ・・・」 風がふいた。 しかし飛ぶかつらはない。 かずおは裸の頭に春風を感じた。 「しかし、人間ももとは一つなのかもしれんよ」 「そうなのかしら?」 「ああ・・・」 救急車が通り過ぎた。 「もし小学校のお前が病気をしたとするよ。 そうしたらここにいるお前も痛みを感じるのか?」 桜は体をゆらして言った。 「感じるわ。人間に例えると、手の先が痛い、頭が痛い、って違いに近いかしらね」 「そうか。場所の違いなのか」 「そういうことね」 救急車が通り過ぎた。 先ほどと同じ車のようだ。 「あの車、何してるのかしら。道に迷ってるみたいね」 「・・・」 かずおは黙った。 道に迷っている・・・。 「なあ、おれ、桜になりたいな」 「あら、簡単よ。 しばらく埋まっていればいいのよ。 そうすればあなたの肉から新しい芽がふくわ」 「そうか・・・簡単だな・・・」 桜は黒い影になってやさしくかずおをおおっていた。 救急車のサイレンが鳴り止んだ。 @ 冷えた体に先生の手は熱かった。 ちかはいつもより何だか鈍い体を机になげだしながらそれを感じていた。 逆光で黒くなる先生がちかに入り込んでくる。 ちかは先生の首に腕をまわし、顔を近づけてささやいた。 「先生、あたし、もっと色んなこと知りたいの」 「おれが教えてあげるよ」 「先生、なんで春に桜が咲くの」 「桜がそうと決めたからだよ」 「先生、なんでねこは魚が好きなの」 「ねこがそうと決めたからだよ」 先生はけだるく返事をしながらちかの腰を抱えた。 ちかはますますきつく抱きついてもっと小さな声でささやく。 「先生、うちのおにい、部屋から出てこないの。 先生、うちの母さん、ずっと料理つくってる。 先生、うちの父さん、会社行ってないんだ。 でね、あたしは先生と毎日こういうことしてる」 「・・・嫌なんだったら」 「ちがうの。嫌じゃないの。 あたし先生とするの好き。 お酒もすき。桜もすき。ねこも好き。 おにいも母さんも父さんも・・・。 それを悪いなんてちっとも思ってない。 ただわけがわからなくなるの」 先生に突かれながらちかは言う。 「先生、あたしこのままじゃろくな大人にならないよ。 卒業したら先生、あたしからいなくなっちゃうでしょ。 あたしはアル中になって、おにいを殺すの。 そして色んな男の人とやるの」 「じゃあ、ちか」 先生はちかにおおいかぶさるようにしてささやいた。 「逃げようか」 ちかは目を閉じた。 「いいね、先生。逃避行ね。 先生、あたし、どこでもないとこに行きたい。 逃げよう、先生。地獄まで」 @ 電車が通り過ぎた。 今のは・・・快速だろ? 桜が答える。 はずれ・・・学ばないわね・・・ 二人はしばらく黙った。 なあ・・・ここはどこなのかな・・・・ かずおは言った。 暗かった。 広がりがある、ホールのような空間だ。 それなのに身動きができなかった。 そこはね・・・・ 桜の木の声がひびいた。 声はそこら中に反響し、直接かずおのところにふりかかってくる。 わたしの中よ・・・ そうか・・・おれは・・・・ ざわざわざわ・・・桜の花がゆれる音だ。 お前と一緒になったんだな・・・ ざわざわざわ・・・ でも・・・お前の花びらがゆれる様・・・もう・・・見れないんだな・・・ 時折すきまから、こもれびのような光が差し込んでくる。 それを見ているとかずおは、自分が何も知らない赤ん坊であるような気持ちになった。 安心しなさい・・・ ふっとやわらかいものが降りてきた。 かずおは急に眠くなった。 今度は・・・あなたがそうなるの・・・・ ざわざわざわ・・・という音がとぎれるように小さくなった。 @ ゆめこは死んでいた。 脳溢血だった。 山のようなたたきをたいらげたななたは、虎のように大きくなっていた。 ゆめこの頭をむさぼりはじめた。 ぼりぼり、ばりばり・・・ 口のすきまから血がふきだした。ぴゅうっ。 豆腐のような脳みそがカーペットにしたたりおちた。 生臭い音だった。 尋常じゃないその音をききつけたようすけが、ナニを出したまま階段を駆け下りてきた。 そしてぼうぜんとその様をみつめた。 「お前・・・ななたか?」 ななたはぐおおおと吠えた。 そこら中血のにおいがした。 「これ、生理のにおいに似てるな」 ななたは母をすっかりたいらげ立ち去った。 @ ようすけは膝をついた。 絶望してはいなかった。むしろ興奮していた。 はじめて本物の妖怪を目にしたのだ。ムラムラしないわけがなかった。 ようすけはしごきはじめた。 血がとびちった台所で妖怪を想いオナニーする男。 ようすけの体は透き通りはじめていた。 ぐおおお。 ななたが吠えた。 庭の桜の木の上で。 「あれ?」 事がおわったようすけは自分の体が軽くなっているのに気がついた。 台所がどんどん小さくなった。 天井をつきやぶり自分の部屋に入った。 そこすらも通り抜け空に浮き上がる。 どんどんどんどん浮き上がる。 「おれ、妖怪になったんだ!」 その声はようすけの声ではなかった。 甲高くきみのわるい何かの鳴き声だった。 ようすけは猿のようになった足であてもなく駆けた。 庭の桜の木を中心に青空がめくれあがり、あたりが真っ暗になった。 そこには真赤な桜の木が咲き誇っていた。 金色の雲が浮世絵のように流れていた。 血のような花びらが舞い落ちていた。 人間ではないいきものがそこら中に、楽しそうな声をあげて駆け回っていた。 「妖怪の世界だ!」 ようすけは駆け出した。 そこらの一匹に声をかけてみる。 「よう」 「よう。何だよお前、どこ行ってたんだよ」 「悪い悪い、なんか人間になった夢みてた」 「まじかよ?どんな気分だった?」 「えーとね・・・やべ、エロ本忘れてきた」 「なんだよそんなこと。おれの貸してやるからおれんち来いよ」 「まじで。あ、そういえば猫・・・」 「いるじゃんそこに」 「あ」 そこにはななたがいた。 妖怪の一匹が背に乗りじゃれあっている。 「行こうぜ」 「おう」 ようすけは妖怪と手をつなぎ、暗闇の向こうへ姿を消した。 桜の木にはちかと先生が手をとりあい、幸せそうに舌をからめていた。 「ここなら誰にもじゃまされないね」 「ちか・・・」 「先生・・・」 「ちょっと、盛り上がんないでよね・・・枝がおれたらどうするのよ」 つぶやく桜の根元には芽がふいていた。 その芽の中心にはかずおの顔があった。 「すがすがしい気分だあ〜」 「生まれ変わったみたいでしょ?」 「ああ、なんだか髪も生えてきた気がする」 「それはないけどね」 どこからか包丁が降ってきて、地面に突き刺さった。 「ああ・・・息子が楽しそうに遊んでる・・・よかった・・・」 ほうっと響いたその声は風にのり、地獄中をやわらかに撫でていった。 戻る |