さびれた通り



さびれた通りに入った。

ぼくは古いアーケードの下をわざと大きな足音をたてて歩いた。
足音はとうの昔に閉じられたシャッターにはねかえり反響し何倍にもふくれあがった。
音といえばそれしかなかった。

湿っぽい空気からはかびのにおいがした。
電柱にみすぼらしい犬がつながれておりうつろな目でぼくを見ていた。
じっと見ていた。じっと見ていた。

アーケードはとぎれることがなく続く。
月がつくった階段を思い出した。
いくら歩いても果ては見えてきそうにない。



雨がふりだした。
雨は最初車のない道路に消えてゆくだけだったがしだいに激しさをました。
いくつもの水滴がいたるところにたたきつけられぼくの耳が麻痺した。
重くぶあつい雲がやってきてぼくの頭上をアーケードごとおおった。
ぼくの耳が麻痺した。

雨はやまない。
それどころかますます激しさをましている。
あいにく傘を持っていなかったがさいわいなことにアーケードはとぎれない。
アーケードはとぎれない。
永遠に。

ずぶぬれの小鳥が水溜りの中で鳴いた。
それはノイズとなり激しさをます雨につぶされてしまった。
ぼくの耳が麻痺した。
ぼくの耳は麻痺している。



シャッターで閉ざされた店には誰の気配もなくまるで町が死んでいるようだとも思ったがあまりに心細い考えだったのでぼくそれをすぐに脳みそから追いやった。
脳みそはふたたび騒音という沈黙に支配された。



ぼくは立ち止まり電信柱につながれた犬を見つめた。
犬は裂けた耳からしずくをたらしながらひどくしゃがれた息づかいのようなものでぼくに言った。
「・・・・わたしを捨てないでください・・・・」

ぼくは首をふった。
ぼくの耳は麻痺している。
目の前にいくつもの黒い筋がうかびあがっては消えてゆく。
波紋のように。

「・・・・わたしを捨てないでください・・・・」
犬は汚れた体をひきずるようにして立ち上がり首になわが食い込むのもかまわずぼくのほうに前進した。
「・・・・わたしを捨てないでください。わたしを捨てないでください・・・・」

犬は必死に前足で地面をかいた。
爪が水ですべる道路をひっかいた。
さらに前に進もうとして転んだ。
泥水がまいあがり犬の左半分だけをぬらした。
犬は立ち上がらなかった。かわりにこきざみにふるえていた。
泣いているようだった。



突然胸がくるしくなりぼくは涙を流した。
悲しい記憶を思い出したときのように頭がほてりうまく息ができなくなった。
ぼくは夜を駆ける獣のように吠えるとその犬から意識をひきはがすように走りはじめた。
コンクリートはひどくすべり足がもつれたがどうでもいいことだった。
ぼくは涙を流しいななきながら走りつづけた。
雨水がはねあがり足首をしめらせぼくはこの雨の量が尋常じゃないと考えたが胸のおくにはまだ犬の悲しそうな目がやどっていた。

ぼくの耳が麻痺している。
ぼくの耳が麻痺している。



ぼくは坂道をくだる。




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