はる・じおん



浮いてた。
から声をかけた。
それはふりむいた。

「ん」



「名前は?」
「誰」
「きみこそ」
「じゃあんたが名前つけて」

本屋でよくわからない本をいじくってたそれは、ぼくにそう言ってまた物色をはじめた。

なぜぼくがそれに声をかけたのかは、よくわからない。
ただそれは、周囲からものすごく浮いてたんだ。
夏場にもこもこにきぶくれてる人ぐらい。



「は」
「つけて、名前」
「意味わかんね」

「いきなり声かけといてなんだよ」
それはぶつりとつぶやくとぼくを横目でにらんだ。
手にとってたぶあついなんかを、棚にもどしながら。
「うっせーよ」



それはきびすをかえしてエッセイのコーナーに歩き出した。

なんだよ。
なんだよなんだよひ弱な感じのくせに悪ぶって。

ぼくはその姿を追って、
「はるじおん」
「なに」
「ぼくの名前」
「あ、そう」
それはずぼんのポケットからはみだしたくさりに指をからめながら、うんうんと首をふった。
「うん、そう」
「じおんね」
「はる、じおん」
「じおんね」



「なにしてんの」
「暇してんの」

「なにか探してんの」
「べつに」

「誰ときたの」
「べつに」

「名前は」
「さあね」

それはぶらぶらとなにをするでもなく店内をあるきまわり、へらへらと、ぼくの質問にこたえた。

「名前は」
「そんなに重要なことなの」

「じゃあはるでいいね」
「じおんだからはるね、ぼくが」
「そういうこと」



「こんなね、土日に誰とでもなく一人で本屋いるやつほど異常なやつはいないんだよ」
「うん」
「つまりじおんとぼくみたいなのを言うわけね」
「うん」



一目でわかった。
はるはおかしいのだ。



「なあんにも見えないんだ」
「見えてるくせに」

「まあね」
くすくす、

「ほんとはなんにも見えない」





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