後姿
「ねえ、はる」 声をかけたってふりむかない、わかってる、だってそれを何回くりかえしただろう。 はるはずかずかと奥のコーナーにあるいてって、ある本を手にとってばらばらとページをめくり、へんな挿絵を指差してげらげら笑った。 なんだかへんなんだ。 そうだ、はるはふつうじゃない。 わすれてた。 ずっと笑いころげてるはるをみていたら、ゆがんだ気持ちになって思わず苦笑した。 なんだこれ。 べたなドラマみたいだ。やってらんない。 笑うのをやめたはるはそんなぼくをちらと見て、ふんと鼻をならした。 手にもっていた本をべしっとたたきもどして、別のコーナーのほうに足早にあるいてく。 「待ってよ」 やだね、足音がそういってる。 そうだろうね、ああちくしょう、なんだこれは、なんだこれは。 愛想なしを追いかけるのに嫌気がさして、くるんと回れ右をした。 はるの背中がみえなくなって、かわりに大量の本の背表紙がみえた。 とおざかるはるの足音、べつの方向にあるきだしたぼく、そのとたんになんだかずきりとして思わず足をとめた。 そういやぼくはまだはるの本名でさえしらないんだ。 なんだこれ。 なんだこれ。 ぼくはふたたび回れ右をして、とおざかったはるの足音をおいかけた。 またくだらない追走劇だ。 「ねえ、はる」 声をかけたってふりむかない。 「名前をおしえてよ」 わかってる、それを何回くりかえしただろう。 はるはふりむかない。 戻る |