椅子と、おいつめられたはる



ずっとスプリングがへたった椅子にすわってかっこつけてたら体がかたまってきて困った。
なんて安い休憩場所だ。
これじゃ年寄りからも満足されない。

「はる?」
ちがう、ぼくははるじゃない。

けれどそれを口にはださない。
こいつにぼくの名前なんて一生おしえてやらない。
ああ、ぼくってなんて意地悪。まったく、なんていかしたやつなんだ。

「はる、なに笑ってるの」
「いかしたとか死語だっつの」
「え?」
「ははははははははは」
「・・・・・」



「モンスーンはいつふくだろうな」

じおんがつったったまま阿呆面で、
「・・・・・冬、じゃないっけ」
「冬」
冬か。
季節風なんかふかなくてもすでに寒いじゃないか。
なんだ、くそ、これ以上ぼくらの中身をからっぽにさす気かよ。
正直、もうこれ以上馬鹿にはなりたくない。

「・・・・・」
「どうしたの」
「ぼくがこのまま逃げつづけたら、どこに行きつくだろうな」
しらないよ、とじおんは言う。

そうだろうね。
なにきいてんだろ、ぼくは。
あ、いやだ、こんな感傷的な衝動もいやだ。



なんかぼく全部いやみたい。
おこることすべてをけなして、逃げて、泣くことすらも逃げてる。
本当にこのままつっきってったら、いったいどこに行きつくだろう。
行きついたところからすらも逃げて、果てからすらも逃げたら。

最後には、ぼくは何になっているのだろう。
みんなのような奇獣だろうか。
だったら、まだいいかもしれない。



「人類は最後に、どこに行きつくのか」
「は」

じおんは眉をひそめて口をひら

「はる、頭おかしくなった、っていいたいんでしょ」
先こしてやった。

「だからお前は馬鹿だっつの、ぼくはむかしっからいかれてますよ」
ぼくは椅子をけりとばすように立ち上がり、そのまま本屋を脱走した。

ぽかんとしたじおんを置き去りにして。



だめだ。もはやあそこは逃げ場所じゃない。
五月蝿が一匹、いつのまにかぼくをまちうけるようになってしまった。

じおんがいなくたっていい。
ただぼくはゆっくりと息ができる逃げ場所が、ほしいだけ。
いつでも。




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