ドア
自動ドアが電子音をたててひらいた、ぼくははねるようにして本屋から脱出。 はるが行きそうなところなんてここ以外しらない。 思いつきでとびだしてきたのはいいけど、どこにいこうか。 立ちどまっておろおろする。 単純明快、なはずなのに、なんてたよりない、なんて・・・。 助けて、これだけだったのかもしれない。 いいたいのはそれだけだったのかもしれない。 「つけて、名前」 「こんなね、土日に誰とでもなく一人で本屋いるやつほど異常なやつはいないんだよ」 「なあんにも見えないんだ」 「見えてるくせに」 「まあね」 くすくす、 「ほんとはなんにも見えない」 はる、はる。 「どうせぼくらは盲なのに」 「いつだってひとりさ」 おわったら腐ってくだけなのに。 じゃあなんできみはそこにいたのさ。 かっこつけながらどっかから声かけてもらうのまってたんだろ。 「モンスーンはいつふくだろうな」 「人類は最後に、どこに行きつくのか」 ぼくはひとりだ、 はるもひとりだ、 みんなひとりだ、 ぼろぼろだってひとりだ、 えらくたってひとりだ、 たのしくてもひとりだ、 ひとりだ、ひとりだ、ひとりだ。 甘えだ、そんなもの! みんなといっしょになるのをこわがってるだけだ! 認めてもらうのを、まってるだけだ。 声かけてもらうのを・・・・。 さみしくて。 混乱しながらどちらにしようかなで道をきめて、おもいっきり地面をけっとばした。ずっと本ばかりよんでたから三歩目ぐらいで息がぜえぜえ。 とんでけばいい、なんにもないところに、そしてひとりになって、ひとりになって・・・・。 それでいい? かけぬけるモンスーン、その次にはかならず春一番がふくんだよ。 じっとしてるのがつらいのかなあ、ちくしょう、酸素たりない。 歯をくいしばって暴走していたらどっかん誰かにぶつかった。 当然ぼくらはふっとんでころがる。なんてこった、いそいでるのに! (忙シイカラッテセカセカシマクッテルヤツラガボクラヲ虚シクサセル) 相手はころがったまんまおきあがろうとしない、ぼくはむしゃくしゃしてどなりちらす。 「のろのろ歩いてんじゃねえよ!」 どっかのちんぴらみたいに。 (テメーナンカイラナイッテドッカラカウケウッテキタ知識ヲ素敵ニ披露シマクッテルヤツラガ、誰カヲ潰シテル) ぼくがつきとばしたやつはゆっくり身をおこした。 胸にしくようにしてなんか、もってる。 それはべったりとして動かない。 けどむくむくでどうやら、いきもの・・・・。 相手はぼくを見る。 その鼻から血、でてる。 かっこわるい。 ぼくのひざがワンテンポおくれて、リズムうちだす、どくんどくん、どくんどくん・・・。 相手は泣いてた。 そんで、すって皮やぶけた手のひらで鼻ぬぐって、涙声でこんなこといった。 「いってえ・・・・・」 どくんどくん、ひざのリズム心臓ぶっこわしそうだよ。 「なあにすんだよ、馬鹿じおん」 はるはべそをかきながら鼻血たらしながらぐずぐず、コウギした。 ぼくに。 ぼくはまるでどこかの行儀よろしいお嬢さんみたいなすわりかたをして、口をひらいてた。 「いたい、いたい、いたい、ちくしょう」 ますます泣く。 ぼくのまんまえで泣く。 タイルじきの地べたにぺったりすわりこんで泣く。 子どもみたいにしくしく泣く。 涙と鼻水と鼻血がまじって、さっきのぼくごとく、息つらそう。 「はる」 顔をぐしゃぐしゃにしながら大泣きするはるは、胸にかかえこんでたかたまりをひろいあげて大事そうにだきしめる。 よくみると、なんかねこっぽい、けど、生きてない・・・。 「はる、ごめんね、もしかしてぼくがつきとばしたせいでその、ねこ」 「ちがうよ最初っから死んでたよ」「ええ」「いってえよー」 久々に会ったけどやっぱり彼はふつうじゃないんだな。 「はる、ごめんね、さっきどなったりして」 はるはええんええんと泣く。 こんなはるをみれるだなんて思ってなかったけどそれどころじゃないかもしれない。 「ずっと待ってたのにつきとばしてどなりやがるんだ」 はるはねこに顔をうずめてぶるぶるしてる。 「あんなに待ってたのに鼻血ださせやがるんだ」 やっぱり帰るべきだったかな、とつぶやいた彼はますます声のボリュームをあげる。 つらいよ、くるしいよ、さみしいよ、もうこんな、やだよお、ええんええん。 あれー、その言葉ははるらしくないな。 それどころか三十路のひとらがならべたてる青春のイメージとまったく、一緒じゃないですか。 ぼくはよろよろとたちあがってはるのとなりにしゃがみこんだ。 泣いてる顔をみてると、ほんとに別人みたいでなんだか、気が抜ける。 あんなにあせったけど、なんか、うん。 がきみたい。 幼稚園児の面倒見る先生の気分。 ずっと待ってたのかあ。 このぼくを? 死んだねこをお供にして? 久々に会ったけどやっぱり彼はふつうじゃないんだな。 こんなに浮いてやがる。 なんにもかわってない。 なんにも、なあ。 おかしくなってきてふきだした。 耳鳴りはきえてる。 もやもやもなんか、どっかいっちゃった。 はるはしゃくりあげながらまたもや、コウギする。 「なあに、笑ってんだよ」 口のあたりとかもう、血まみれ。 あいにくティッシュもなにもない。 死んだねこにぽとぽと、いりまじったものがおちてく。 ぼく笑っちゃってるけど、はるはほんとにつらそうで、雑巾しぼるみたいにして一生懸命泣いてた。 一生懸命泣くって表現はおかしいのかもしれないけど、どろどろを喉からとろうとしてるみたいな声のあげかたなんだ。 さっきもいったけど子どもがよくするようなやつ、声がかれるぐらいに泣いて、まわりのひとをさんざんこまらせて、最後にはけろっとしてるの。 真っ赤にはれあがった目をこすりこすりはるは泣く 。死んだねこははるの涙できれいになってゆく。 まわりのひとはへんな目でぼくらをみてる。 けどそんなこと気にしない。 なぜって、なれてるからね。 「もうにげられなくなったらどうすればいい」 「にげられるさ」 「モンスーンがふいたらどうすればいい」 「旅人がしたみたいにコートの前をあわせればいいさ」 「ふつうのにんげんになるにはどうすればいい」 「きみはきっとなれやしないよ」 はるはむっと顔をしかめる。 けどとっくにわかってるはずさ。 そんなこと無理。 きみには無理だ、しんでも無理だ。 はるはうつむいてねこの毛をいじってたけど、ずっと鼻をすすって、血がとまってることに気づいて、ぱっとぼくのほうをみた。 そしてぼくのすりむいたひざに目をやって、 「いたい」 ぼくがへらへらするとあっちもへらっと笑った。 なっさけない顔だった。 戻る |