キャベツ
| 「はじめまして」 真夜中のキャベツ畑に立っていると、誰かの声がした。 ふりむくとそこには、黒い影がいた。 ぼくは返事をした。 「ああ・・・はじめまして」 自分で発しておきながら途方にくれた声だと思った。 「あなた、何してるんです?」 影は言った。 「うーん・・・分からないんです」 ぼくの返事に影は驚いた様子で言った。 「自分でここに来たんじゃなくて?」 「ええと・・・そうでしたっけ。分からないんですよ、本当に」 「ふうん」 「ビールの缶がありますけど」 ぼくは、そういえばさっきまでお酒を飲んでいたかもな、と思った。 「ええ、好きなんです」 「外でたしなむのは気持ちがいいですからね」 「そうですよ。月夜のキャベツ畑で飲むのは格別です」 影の話す調子は淡々としていて、ぼくは、 あまりビールのことに興味がないのかもしれないと思いつつ、 「一口どうです?」とすすめた。 「けっこうです」 案の定影はぼくの誘いを断った。 まあ別にいい。飲みたくなければ飲まなければいいのだ。 キャベツはどこまでもどこまでも続いている。 どこまでもどこまでも。 ぼくがキャベツ畑を好むのは、なんだか懐かしい感じがするからだ。 あと風の香りが、故郷の香りと似ているから。 土と水分の匂い。ぼくはそれが好きだ。 「お友達を呼ばないんですか」 影は言った。 「ええ・・・」 「もしかしていないとか?」 「うーん、いなくはないと言っておきましょうか」 ぼくらの関係性というのは曖昧なのだ。 「薄情ですね」 「そうですよねえ・・・。 もしここで誰かを呼んだとしたら、曖昧さは解かれるのかもしれないですけど。 ぼくはここを秘密にしておきたいんですよ」 「うん、薄情だ。秘密主義といえば聞こえはいいが」 「ですよねえ・・・」 ぼくはそういうのが苦手なのだ。 ビールだって、一人で飲むと不味くなるわけではない。 「だから逃げられてしまうんですかね」 一筋風が吹いた後言った。 「おや、悲しいんですか?」 「自業自得ですから」 「で、どうなんです?悲しいんですか?」 「はあ」 影はぼくのように困惑した口調になり言った。 「ぼくもはっきりとしたことは・・・分からないんですがね。 悩んでおりましてね。ぼくもずっと一人身なんですよ」 ぼくは一人身なんて言葉は一言も口にしていない。 まあ一人身だが。 影はかまわず続けた。 「それでねえ、思うんですよ。 一人に捨てられるやつは全員に捨てられるんじゃないかって。 虫に食われるキャベツとそうでないキャベツがあるように、 そういう素質ってどうしようもないものなのではないかって」 「はあ・・・ぼくには分かりませんが。 心持ちでだいぶ変わるんじゃないでしょうか、 自分がどのキャベツなのかどうかというのは」 影は黙った。 しばらくして言った。 「うん・・・。多分、ぼくの場合芽を出してもいませんよ」 「そうですか・・・」 「つまらないことを言いました」 「はあ・・・、いえ・・・」 「いいんですよ、腐ったキャベツは放っておけばいいんです。 誰かが食べたらお腹を痛くしてしまう。 美味しいキャベツは他にもたくさんあるんです」 ぼくらは黙った。 「ねえ、あなた、いつまでここに一人でいるんです?」 「さあ・・・・。ずっとこうなんじゃないですかねえ」 「明日、ここに原子爆弾が落ちるって聞きましたよ」 「え・・・」 ぼくはビールを一口飲んだ。 「それではぼくはこれで」 影は音もなくどこかに行ってしまった。 「・・・・」 キャベツは静かにそこに陳列している。 戻る |