ロックンロール
| 去年も先々月も先月も先々週も先週も一昨昨日も一昨日も昨日も、 とびこえる。 鋭く飛翔する隼のように。 ぼくのいとおしい仲間達が知らない町で息をしている。 巨大なヘッドホンで耳をふさぎながら、それを感じている。 ぼくらは見えない手をつなぐ。 空に差し出した透明の手を、 互いにしっかりと握りしめて、 しっかりと前を向いている。 今と過去のシンクロ。 カオスとコスモスの存在。 電車から見る田園。 ぼくの世界は静かにきらめく。 明日も明後日も明々後日も来週も再来週も来月も再来月も来年も。 ぼくがこの星で息をするかぎり、ぼくの世界は不滅だ。 そう感じる。 案外楽しい日々の始まりに、心の奥で抱えていた自己のようなものを取り落としそうになった。 マグマのアンプから発信されるロックンロールが、聴き取れなくなる。 一瞬だけ、視界が暗転する。 泣き疲れた後、深く息を吸って、勇気をだしてまぶたを開けてみる。 そこから見えるのは、電車から見た外界のように、過ぎてゆくだけの風景だけじゃない。 あちこちにはびこるたくさんの生命が、無垢に生きている。 ぼくにはみんなの体温が見える。 みんな、そこにいるね? ぼくはつぶやく。 返事はかえってこない。 すこしだけ足がぐらついて、奈落の底に落ちそうになる。 でもそれでいい。 ぼくは落ちてゆく。 声をあげる。 すると、ぼくの声がぼくの色を取り戻し、大きな大きなカーテンになり、体を受け止めてくれる。 ぼくは高く舞う。 重たい影から解放される。 沈む夕日を見ていた。 背中の翼は死んでいた。 地平線ばかりが続く大地をふみしめていた。 きっとこの先もそうなる。 ただ、ぼくはつないだ手を思い出す。 そのたびに広い空の存在を知る。 計り知れない宇宙の論理を知る。 不明瞭な日々の中、 ぼくという人間がここにいて、 地球を包みこむくらいに眩い光を発しながら歩いているのを、再び知る。 なにも恐くないと思う。 そんなときに耳を澄ますと、遠くにいるはずのきみの歌声が聴こえる。 海をこえてその声が聴こえる。 神経ががたがたと震えだし、ぼくの芯が波打つ。 つないだ手は握りなおされる。 さらに強い力で、優しく。 リンクしている手のひらを、つながっている全員が意識するとき、 時をこえて、銀河を渡って、ぼくたちの意思は行く。 様々な星に触れ、感動の涙を流す。 感嘆の息を吐く。 しなやかに宙を泳ぐ。 鋭く飛翔する隼のように。 感受性のレンズでぼくらは見る。 夜と朝の訪れ。空気と水の膨張。 生命の誕生。 転がり落ちる涙の粒。 つながっているすべての人々に問う。 みんな、そこにいるね? みんな、そこにいるね? そしてそれぞれの心臓に小さな手を置き、 かすかに、しかし確かに燃え続けている鼓動に触れる。 ぼくはここにいる。 ぼくはここに在る。 空の彼方に。 海の底に。 銀河の渦に。 ぼくは在る。 ぼくらが在る。 ぼくらのつないだ手は無限に広がってゆく。 それらはこの星を埋め尽くし何光年と続いてゆく。 炎のランプは燃え移り、次第に太陽のようにまばゆい光を放ち始める。 光は影を生む。 リンクは命を産む。 原子の単位までさかのぼり、ぼくらの歌声が鳴り響く。 サバンナのライオンが鳴く。 深海のシーラカンスが鳴く。 つぶされて死んだ蟻が鳴く。 未知の生命体が鳴く。 宇宙を遊泳するぼくらにつられ、世界中のあらゆるものが空に向かって手を伸ばす。 リンクする。 リンクする。 巨大な熱になる。 巨大な自己になる。 一体化する。 そして産みなおす。 誰かが歌う。 ぼくらが歌っている。 ほら。分かる。 潤んだ瞳が知る。 ぼくらは巨大なヘッドホンを共有する星だ。 去年も先々月も先月も先々週も先週も一昨昨日も一昨日も昨日も、 とびこえる。 鋭く飛翔する隼のように。 戻る |