プチ透明人間



君はよく話す。
私を前にすると嬉々として話す。
それは愛情表現なのか、どうなのか。
分からない。
とにかく機関銃のように話すのだ。

内容は主に君の頭の中で繰り広げられた、世間や人間の分析結果であり、聞き終わると私はこちらが話していたわけでもないのにぐったりする。

だって人が何を考えてるかなんて誰にも分からないじゃない。

だから私は君の話を聞き終わるとぐったりする。



私の肌はとても汚い。
正しくは汚かった。
ホルモンのバランスが悪いのと、認めたくないけれど溜め込んだストレスのせい、だと思う。

君は肌の汚い女性が嫌いで、私に会うたびに、皮膚科に行きなよ皮膚科に行きなよと言う。
あんまり行きなよ行きなようるさいから先週ついに行ってきた。
ビタミン剤と塗り薬を処方されて、ガンコなニキビがこんなので治るわけないじゃないと思いながらも、一週間飲み続けたら嘘のように治った。
卵のような肌で現れた私を見て、君はそれみたことかとにんまり笑った。

それから君はよく私を抱く。



君とホテルに行く途中、夜の商売をしている風体のお姉さんと行き違った。
君は不愉快そうな顔で「職業を選ばない女は嫌いだよ」と吐き捨ててから、私を愛しげに見るのだが、じゃあ事務をしている女性が全員仕事を選んでいるのか、といったら決してそうではないと思うのだ。
違うかしら。

君は自分の話を聞いてくれる人が好きなだけ。
口を挟む人が嫌いなだけ。
だから夜の商売をしているにぎやかなお姉さんみたいなタイプは嫌いなのね。
相手をしてくれる人が好きなだけ。
それでもってちょっと可愛ければ君は満足なんだよ。
責めてるわけじゃなく、それくらいの単純さや潔さが、丁度いいと思うから、私は好きなのだ。

夜風が気持ちいい。
でもそんなことは言わない。
君はそういう「自然が引き起こすなんやかんや」に興味を持たないから。
私は実は星とか樹木とか花とか月とか、「自然のなんやかんや」が結構好きなんだけど、一度そういう話をちらっとしたら君ってずいぶんロマンチストな乙女だねって笑われた。
何で?

肩にかかる君の腕が少しうっとうしい。
ひんやりした風の中、一人で安いビールを飲みながら、夜の商売しているにぎやかなお姉さんたちの出勤風景を眺めていたい。

ああ私はロマンチストな乙女なのかしら?
まあどうでもいいや。



退屈なチェックインの作業を終えてから、二人別々にシャワーを浴びる。
ベッドに座るとスプリングがきしむ。
頭を撫でられつマシンガントークを聞き流しつ、お酒が飲みたいなあと思う。
君がねちっこいキスしてきて、下唇も舌先もきゅうと吸われて思わず声をあげてしまう。

そういう行為をするときってなぜ、他のことをするときよりもっとスムーズに落ち込んでいけるのだろう。
エッチな感情ってどろ沼みたいだなあ。

君は器用に私の服を脱がした後、ふくらはぎら辺をがっと掴んでだるい足を開かせる。
内腿もきゅうと吸われて私はまた声をあげる。

セックスをするたび私は猫になった気分になる。
うわずって出る変な声も、妙にぐったりと柔らかくなる体も。
シーツを引っ掻く手の形も。

君がにゅるにゅる中に入ってきて、奥の方の丸くて気持ちのいい一点を、ゆっくりなだらかに確かに突くものだから、背中もつま先も海老みたいに反り返る。
涙、汗、にゅるにゅるとしたもの、そこら中からこれでもかと体液があふれ出てくる。
高ぶって泣いている私を君は、行為の最中にする独特のがらんどうな目つきで、嬉しそうに見ている。
そしてにゅるにゅるが速くなる。
私はリズムに揺すぶられてみゃあみゃあと啼く。
みゃあみゃあと。

ああ、気持ちいいなあ。
愛しいのかなあ。
まあ、どうでもいいやあ・・・そんなものは・・・そんなもの・・・。



事が終わったら君はことりと眠ってしまう。
セックスする前の甘い文句もわざとらしいいちゃつきも嘘みたいだ。

嘘なのかもしれない。
そんなのは前から分かっていたことだ、と私は思う。

眠った君の傍らに、下品な格好で腰掛けながら、私は私たちを頭上から見下ろした。
この淡々とした心情を私は、「ホラー映画の客観性」と呼んでいる。

ホラー映画によくある、何かが出てくる前の静かな風景。
BGMも主人公の感情を語るナレーションもない、あのただ物静かな風景。
その人物がその空間に、唯いるのだ、ということを強調させるよそよそしい空気。
重要人物ですら客観化してしまうあの空気。

私と君がひっそりといるこの空間も、頭上のカメラで切り取られている。
淡々と、静かに、互いが何を思っているのかも分からずに。
一時の特別な感情だってさらりと、時間は拭い去ってゆく。

私はそんな静けさに包まれて安心する。
何もかもどうでもよくしてしまう客観性の中にいるから、私は壊れずに君に抱かれている。
君は私がどんなことを考えているかなんて知ろうとしないし、私を前にするとよく話す。

私のことなんて何も知らないくせに、世界の分析なんかして、ちょっと頭がよくなった気でいる。
人間臭くて可愛い無害な人。



このまま覆い尽くして、全て何となく過ぎ去って、誰にも私のことなんか見えなくして。
なんつって。えへ。

明日も皆ぼんやりと、密かに潜んでいる魔物に気づかないふりをするくらい、平和でありますように。




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